今は九人 小原忠三郎さんの話
スポンサーリンク
『戦時編成の一個中隊が、営門を出たのは午前
八時でした。雪は七尺から積って居ます。それ程で
もないと思って居た吹雪が、午後一時ごろには面も
むけられない位にひどくなって来ました。寒さが、
ぐっと強くなる。四時に携帯の握り飯を食べようとするとまるで石のように固く凍って、とても歯が立
ちません。五時にはもう真っ暗で、それでも六時までは行軍を続けました。
目指す田代は何の辺か、いつかひどい吹雪の中で、私達の隊は途を踏迷ってしまったのです。
重要会議が開かれて、三つの議論が出ました。その一つは連隊に引返す事、二は露営、三は目的地の田
代を探す。で、山口大隊長はその三を採りました。引返すとしても道は分らない、寧ろ進め、と云うので
した、二度も斥候が出されたが、終に田代は発見されません。十二時になって、愈々露営と決しました。
露営と云っても、唯雪の上に蹲って、声を揃えて軍歌を歌ってるだけです。
『眠ってはいかんぞ、身体を寄せ合って暖を取れ』
命令されるまでもなく、然うするより外にしかたなかったのです。一本の枯木があるでもなし、お互
に抱き合い、寄りかかり合い、吹雪が止み、夜があけるのを待って居ました。
そのうちに軍歌の声がだんだんかすれて行って、バタリバタリ雪の上に倒れるものが出はじめました。み
んなは、盆踊りのように輪を作って、足踏みをしながら軍歌を歌う。それが歯の抜けるようにバタリバタリ
と倒れて、今まで歌って居たものが、ころりと雪の中に寝てしまう。それはもう永久の眠です……。
[×] [×]
おすすめ記事はこちら
大江戸の夢三代目 新門辰五郎さんの話
涼しい影 源良近さんの話
変態墓誌 横川俊三さんの話
スポンサーリンク
2016-03-20 11:47
nice!(0)
コメント(0)
トラックバック(0)
[編集]
コメント 0
コメントの受付は締め切りました