突貫 三番町の榮太郎さん
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かっと照った真夏の午さがり、商人体の男が、乃木邸の玄関前に立った。
『閣下のお目通りを願いたいと存じます。』
ちょうど将軍は在邸だった。執り次がれた名刺には『麹町三
番町、町田金六』とある。将軍は、一寸首をひねって見たが
心当りはなかった。
『とにかく会いましょう。』
将軍は、厳格で聞えた人であったが、在郷軍人や、その父兄などには、たとへ一面識のない者にも、
快よく引見した。旅順に骨をさらし血を流した、部下幾万の士卒のことは、夢魔にも忘れ得ぬ痛ましい犠
牲である。赫々たる彼の武勲のうちには、幾万人の涙が、かくされている。二人の愛子が相ついで戦死し
た時に彼は、一滴の涙も見せなかったと云うが、半夜、とみに髭髪の白くなった彼が、ぐったりと椅子の
中に崩折れ、愛子二人の肖像の前で、ありし日の幻を追って居たと云っても、あながち彼を冒涜するもの
ではなかろう。
2016-03-11 22:18
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