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突貫 三番町の榮太郎さん

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 かっと照った真夏の午さがり、商人体の男が、乃木邸の玄関前に立った。

 『閣下のお目通りを願いたいと存じます。』

 ちょうど将軍は在邸だった。執り次がれた名刺には『麹町三

番町、町田金六』とある。将軍は、一寸首をひねって見たが

心当りはなかった。

 『とにかく会いましょう。』

 将軍は、厳格で聞えた人であったが、在郷軍人や、その父兄などには、たとへ一面識のない者にも、

快よく引見した。旅順に骨をさらし血を流した、部下幾万の士卒のことは、夢魔にも忘れ得ぬ痛ましい犠

牲である。赫々たる彼の武勲のうちには、幾万人の涙が、かくされている。二人の愛子が相ついで戦死し

た時に彼は、一滴の涙も見せなかったと云うが、半夜、とみに髭髪の白くなった彼が、ぐったりと椅子の

中に崩折れ、愛子二人の肖像の前で、ありし日の幻を追って居たと云っても、あながち彼を冒涜するもの

ではなかろう。


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